第二章 断食体験と人参ジュース

人参ジュースの開発ストーリーをノンフィクション風の読物にしました

 カウンターはオレンジ色の液体が入ったコップで埋め尽くされていた。チェックインしてから数十分も経っていないが、食堂に集まった他の参加者たちは平然とした様子でそのオレンジ色のコップを手に取っていく。他の参加者たちが次々とそれを飲み始めたので、順造さんもそうしてみた。
「おお、これは人参ジュースやなぁ。フレッシュで美味いわ」
どうやらこの断食道場では、毎日人参ジュースが出てくるらしい。
「うむ、これは健康に良さそうや」

 断食生活が始まって三日目、心配していた空腹感や疲労感はない。部屋にある生姜湯はいくら飲んでもよく、朝昼晩と人参ジュースを飲む合間には塩分補給の具なし味噌汁が提供される。自由な時間と伊豆の温泉。湯船に浸かって夕日に照らされた木々を眺めていると、思わず断食中であることを忘れてしまいそうだった。

 五日目に差し掛かった折、院長である石原先生の講演があった。多目的ホールは講演を待つ参加者たちで埋め尽くされていて、田舎で涼しいはずなのに、妙に熱気が漂っていた。先生は笑いを織り交ぜた楽しいトークで断食の効能について説いてくれた。講演が終わったあと、順造さんは部屋に戻る参加者たちの波を掻き分けて先生の元へ向かった。
「大変ためになる講演ありがとうございます」
「ああ、ありがとうございます。どうですか、調子は」
「五日目ですがとてもいいです。断食しとるのに具合が悪くならんのには驚きました」
「先ほども言いましたが、今の日本人は食べ過ぎなんですよ。漢方医学に『万病一元、血液の汚れから生ず』という言葉がありましてね。血液の汚れ、つまり〝毒〟を出すことが大切なんです。〝毒〟を出せば身体に本来の力が戻りますから」
「なるほど! それで免疫力も上がるわけですね」
「はい。ずっと断食は難しいでしょうから、帰ってからは朝食の代わりに人参ジュースを一杯飲んでください」
「はい、わかりました」
先生の言う〝毒〟が容易に理解できるほど、九泊十日の終盤は目ヤニや鼻水が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
「凄いなぁ。こんなに変化が出るんか!」
確かな断食の効果を実感しながら、順造さんは帰路についた。キャリーケースの中には温泉の水分を含んだタオルがあるはずなのに、行きよりも身体が軽くなっていた。

 大阪に帰った次の朝から早速、順造さんは行動を起こした。一、人参を三本用意し洗う。二、皮を剥く。三、乱切りで細かくする。四、ジューサーに入れスイッチを押す。五、ジュースをコップに移して飲む。先生の教えを守っていることに満足感を抱く反面、順造さんはあるものに苦しめられた。それは、第六の工程、後片付けである。

ジューサーの中を覗くと、ジュースになり損ねた人参の搾りかすたちが、不貞腐れた顔でこちらを見ている。それを一つ残らず拭き取る作業が、面倒で仕方なかった。順造さんは一週間で人参ジュースを作るのをギブアップしてしまった。
「クソウ!これは大変や……。でも何とかして続けたいんやけどなぁ」
順造さんはシンクの水切りカゴに逆さになったジューサーとコップをじっと見つめていた。
「わしが困ってることはみんなも困ってるはず……。そや!人参ジュースを作ったらエエねん!瓶に入っててすぐに飲めるやつを――」
順造さんの挑戦はまだ始まったばかりである。

続く。

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