第三章 瓶入り人参ジュースの誕生

人参ジュースの開発ストーリーをノンフィクション風の読物にしました

 「これは北海道、こっちは千葉、中国のもあるんか……」
スーパーの野菜売り場にて、ブツブツ独り言を言いながら人参を取ったり戻したりしている男がいた。お昼の支度を急ぐ主婦たちは慌ただしくその後ろを通り過ぎるが、男はなかなか動かない。
「どこの人参がエエんやろか……」

 毎朝の手作りに挫折し、瓶入り人参ジュースの開発を決意した順造さんは、その青写真を実現すべく船を漕ぎ出していた。理想の人参ジュースを作るのに、一番大事なこと。それは、〝どこの人参を使うか〟と言っても過言ではないだろう。ひと言に人参と言っても、その味や香りは千差万別。ジュースにして美味しくなるものもあれば、不向きなものもあるに違いない。順造さんはここ二、三日そのことで悩んでいたが、とうとう一つの答えに行きついた。
「もう埒が明かん。ヨシ! 良さそうな人参は片っ端からジュースにして飲んでみよう」
理想の人参ジュースを作るのに、妥協はしたくない。順造さんは、全国各地から目ぼしい人参を取り寄せることにした。

 しばらく経ったある日、会社のキッチンカウンターには大小様々な人参がずらりと並んでいた。順造さんはひとまず一番端の人参をジューサーにかけて飲んでみた。
「オオゥ、マズっ! 青臭くて飲めたもんやない!」
まさか、どれもこんな味ではなかろうか。キッチンカウンターを埋め尽くすオレンジ色の大群に目が眩みそうになったが、めげずにジューサーを動かし続けた。
「ああ、これもマズい。次! あかん、これもダメ。なんやこれ、色悪いし水っぽすぎるなあ――」
理想の人参選びに暗雲が立ち込めようとしていたそのとき、
「ん? これは今までのとは違うぞ……。甘みがあって飲みやすい!」
それは、北海道産の人参だった。
「ウン、これならジュースにできるかもしれへんなぁ。一度工場で詰めてもらおう」

 順造さんはその後も試作を繰り返した。工場から送られてきた、まだラベルのない、三百六十度オレンジ色の瓶を一体何本見ただろうか。そして飽くなき探究の結果、ようやく航路が見えてきた。理想の味を追い求めた順造さんが最終的に辿り着いたのは、〝季節によって人参を使い分けること〟だった。ずっと同じ産地のもので作り続けるより、季節によって使い分けた方が、年中美味しいジュースが飲める。順造さんが追加で選んだのは徳島産と愛知碧南産の人参。どちらも北海道産に引けを取らない、素晴らしい味だった。

 数週間後手元に届いた人参ジュースには、心を込めて書いたラベルが誇らしげに巻かれていた。

「オオゥ、ついにできたなぁ!!」
順造さんは早速栓抜きを手に取り、瓶のフタをシュポンッとはじき落とした。コップに注いでみると、そのオレンジ色は一際輝いているように見えた。
「ああ、美味しいなあ。甘さとコクのバランスもちょうどいい。これぞ追い求めた味って感じや!」
こうして、順造選の瓶入り人参ジュースが誕生した。〝自然のままの味を届けたい〟、〝飲むなら毎日続けられる美味しいものを〟という想いを込めて。

 その後、順造選の人参ジュースは徐々にファンを集め、愛されるジュースへと育っていった。将来もこれで安泰! と思われたのだが……。

続く。