人参ジュースの開発ストーリーをノンフィクション風の読物にしました
「What do you like to drink?(何を飲まれますか?)」
「Orange juice please.(オレンジジュースで)」
順造さんは品のあるウェイトレスからオレンジジュースを受け取り、朝食のプレートと一緒に自分の席へと運んだ。ニュージーランドに着いたのは昨日のことで、今日は新たなジュース原料の調査でカシスを生産する農家を訪問する予定だ。
「あぁ~、アカン。他のジュース飲んでても思い出してしまうなぁ」
オレンジジュースを一口飲んだ順造さんは、朝日が差し込むホテルのレストランで深くため息をついた。
今から約十年前、順造選初の瓶入り人参ジュースが誕生した。発売以降、人参ジュースは人気を集めブランドの顔になりつつあったが、産みの親である順造さんはある不満を抱えていた。最近の人参ジュースは、十年前と比べて明らかに甘味やコクが足りなくなっているのだ。当時感動した「あの甘み」は感じられず、飲んでも素直に「美味しい」と言えない。どう探しても納得のいく人参を見つけられない。それは、全く別の仕事で海外出張に来ている彼を悩ませるほど、深刻な問題であった。
カシス農家のウィリアムは、まさに南半球の大地で育った屈強な白人という感じだったが、畑を丁寧に案内してくれた。一通り見学し順造さんが荷物をまとめていると、
「実はまだ見せたいものがあるんです。ニュージーの人参は食べたことありますか? この近くに畑があるからよかったら見て行ってください。びっくりしますよ」
彼はそう言って順造さんを引き留めた。
「人参畑があるんですか!? それは是非見てみたいです!」
案内されてまず目に飛び込んだのは、広大な土地にびっしりと植えられた人参の葉。辺り一面、空の青と葉の緑でいっぱいで、この世界がどこまでも続いているようにさえ感じた。
「野生的というか、自然な畑だなぁ!」
「すごいでしょ! これ全部人参ですよ」
ウィリアムは鼻高々な様子で、足元の人参を一本抜いて見せた。順造さんはそれを見てビックリ仰天。
「オオゥ! これはすごい。ずんぐりしてて健康そのものって感じや」
彼が手に持っていたのは、言うなれば〝オレンジ色の大根!〟人参とは思えない力強さで、その大きさは二十センチから二十五センチはあるだろうか。
「大きいでしょ? 食べてみますか?」
「いいんですか!? はい、是非」
順造選さんは、一口かじってみた。
「甘い!! こんな甘い人参がこの世にあったとは」
「すごく甘いでしょ? 元々そういう品種なんですが、うちは連作しないので畑が痩せないんですよ。それに、海が近いと塩分などのミネラルがたくさん入ってくるでしょ? だから甘くて栄養の高い人参が育つんですよ」
「ホゥ、なるほど! まさにここだからこそ作れる味ですね」
順造さんの口の中には、まだ微かな甘みが残っていた。それを噛みしめれば嚙みしめるほど、〝確信〟という味に変わっていく。
「――決めた。この人参でジュースを作ろう!」
全く別の仕事で訪れたニュージーランドで、こんな奇跡のような出会いがあるとは。思いがけないその巡り会いに不思議な縁を感じながら、順造さんはニュージーランドを後にした。
「絶対に美味しいジュースが作れるぞ。あの人参ならきっと!!」
続く。
(次回は2022年3月号に掲載します♪)
続く。